ページ コンテンツ

歴史セラピー☘️ 知って学んで楽になる

歴史に残る良くも悪くもパワフルで自由な生き方、自分らしく生きた女性を中心に紹介!百人百色の人生を学び、ロールモデルを探しながら、自身の生き方を肯定しましょう

恋人のためなら家は宝石と猛獣まみれ 入れ墨は余裕 最後は駅長と恋に生きた アメリカ出身貴族 クララウォード

こんにちは、そんべんです(#^^#)

では本日もご紹介しましょう!
第17人目 クララウォード


出典
https://g.co/kgs/RWorcR
厳密にはプリンセスではないですが
アメリカでプリンセスに最も近い環境下にいた女性です。

ではさっそく見てみましょう

1873年 6.17誕生
父はエベルウォード 別称「湖の王」
海運材木業での成功し、ミシガン初の億万長者


しかし浮気もよくして、離婚
そしてクララの母と出会い再婚

クララの母はデトロイト生まれそして
クララが18ヶ月の時、義父が死亡

600万ドルの資産がこの家族に


クララの母は一家でニューヨークへ引っ越して
再婚しトロント


15歳 クララ ロンドンの花嫁学校へ
不品行な噂がたち、パリの花嫁学校に
そこでも上手くいかない
18日後ある学生の屋根裏部屋でみつかる
母の馬車の屋根に隠れてこっそり学校脱走
確かかわからないけど、イタリアの修道院付属学校を追い出される
※当時の19世紀末の新聞の正確さ不明





社交界にデビューする前からとにかくヤンチャ



ですが有り余る財産に官能的な容姿
特に花婿相手に困ってないけど、足りないものといえば◯◯

(´-`).。oO

ベルギー外相の息子 プリンス・ジョゼフ・デ・カラマン=シメイに出会い結婚

ジョゼフはちなみに
10万ドルの借金
崩壊寸前の城をもち
15歳年上、そしてハンサムではない
彼女に足りないもの、でも彼がもってるもの。

そうそれは称号

1890 5.20 17歳パリで結婚
この時貴族の称号をもつ数少ないアメリカ人
彼の領地をめぐりヨーロッパの流行をめぐる先端をいく街めぐり


1891年 娘出産、1894年 息子出産
良いママになるといいな!
と思いたいですが、
夫以外に他の男性と共にします( ̄▽ ̄)

宮廷ではみんなクララの美しさに惚れ惚れ(♡ω♡)




レオポルド2世もクララに目が…


出典
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/レオポルド2世_(ベルギー王)



他の貴婦人たちは除け者にされ、クララを蔑視します



私が美しすぎるから、問題が起こるのね…!
と思ったのでしょうか




そんな宮廷状況なので夫とパリで過ごすように

当時のパリは妖艶なおどりにシャンパ
アール・ヌーヴォーなどの退廃的は文化が人気


2017年も上野でミュシャ展やってましたよね(*^o^*)

参考までに!

kawlu.com




この退廃的な感じは日本の明治大正昭和初期など太宰治を彷彿させるような
親近感を感じてしまいます!

堕落人生謳歌

1896年23歳ハンガリー生まれ
バイオリン弾きのリゴと恋に落ちる

カイゼル髭、たっぷりのポマード、小柄、ハンサムではないし、おまけに既婚者




10日後


家族を捨てて2人で夜に駆け落ち

恋に落ちると人って止まらないんですね(´ฅ•ω•ฅ`)♡


1897年1月 クララの夫 ジョゼフが離婚を勝ち取り
もちろん理由はクララの愚行


クララの弁護士でさえ「火のように激しい気性をもつ野生馬!」
という始末笑
弁護士ちゃんとクララの弁護してあげて笑
クララは養育費の支払いと二度と子供と再会できなくなります



宮廷では除け者にされ、家庭を失い
自由と恋に生きようとするクララ


財力がおまけにあるので
ホテルや宿から宿泊を拒否されたら、家購入してました笑



1897年 4月
ムーランルージュ(キャバレー)やフォリーベルジェール(ミュージックホール)で
大胆な衣装で踊り荒稼ぎ、彼女の妖艶で大胆すぎる写真も大人気

出典同上


元夫ジョゼフが警察にその写真押収要請
たしかに非品行な元妻の写真なんて耐えられないか…( ̄▽ ̄)

ヴィルヘルム2世も彼女の写真を禁止に
理由:彼女の美しさで人を惑わすから

ヴィルヘルム2世が施行したことには賛成するけど、もっと適した理由があったはず笑 甚だ解せぬ…

( ̄▽ ̄)

リゴの離婚が認められクララと結婚
ちなみに2人は日本にも来て
それぞれの上腕に互いの姿の刺青彫ってます

とにかく大金を使うことでリゴへの愛を表現

愛情表現かなり痛々しい_:(´ཀ`」 ∠):


でもクララの母がさすがにヤバイと思い、クララの出金に歯止めをかけます






ちなみにバイオリン、宝石なんて序の口、赤ちゃんのゾウ、ライオンに虎


もう家がサファリパークになりそうな勢い笑




けどリゴとも人前でよく喧嘩していたようで

1897年24歳ジョゼフとの離婚裁判中
なぜか現夫 リゴとも喧嘩

家でワニとか沢山の動物がいる中でケンカって想像するだけで結構カオス…。

( ̄▽ ̄)




1904年 31歳リゴと離婚
クララは鉄道職員と出会い結婚

名前はジュゼ・ペッピーノ リッチアーディ
ある時は列車のウエイターにポータル
またある時はイタリア旅行代理店のワーカー
またある時はヴェスヴィオ火山のケーブルカーの駅長
人呼んで「ナポリ一の色男
とにかくイケメンでした☆
( ˙³˙)( ˙³˙)( ˙³˙)( ˙³˙)

1911年 38歳そんなリッチアーディと離婚
クララは執事と関係をもち

そしてシニョーレ・アバーノ・カセラートと四度目の結婚
ちなみに職は執事、運転手、駅長、画家のどれか


どれも幅ありすぎてわかんないよ笑
みなさん、好きな職を勝手に選んで話進めてください笑( ̄▽ ̄)


そして1916年12月9日 43歳

イタリアのパトブァでクララが肺炎で死去
この電報がクララの家族に届き、死を知ったと同時に結婚について知るという笑

アメリカでプリンセスってあまりイメージがないですが、でも普通のプリンセスでは全くないですよね笑!
お金は有り余ってるし、可愛くて美しい。10代から脱走して逃げてやりたいこと全部やっちゃう☆☆☆って感じで爆走します。
旦那さんがいても御構い無し
宮廷でも御構い無し
子供がいても御構い無し
とにかく恋愛に生きて、自由に遊び抜いた女性で羨ましくも思います。世間や常識を見ないってかなり勇気がいるけど、彼女の場合はそれが生まれ持って付いていたような気がします。


ではでは
ちゃおちゃお🐾